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團菊祭五月大歌舞伎「神明恵和合取組 め組の喧嘩」 [演劇]

何年ぶりかの歌舞伎座。ここはいつでも縁日のような賑わいで、中に入ると純和風のきらびやかさで懐かしい雰囲気に包まれる。こんな環境の中で團十郎と菊五郎の『め組の喧嘩』を観るのは粋ってもんでしょうと、ひとり悦に入る。

ちっぽけなイザコザが発端となり、それが次第に膨れ上がって、挙句の果てはめ組と力士の総勢数十人の大喧嘩に発展するという、江戸時代末期の実話を基にして明治23年に書かれた脚本の舞台化である。時代があまり古くないせいか(といっても200年以上前の出来事なのだが)、音声ガイドにも筋書(パンフ)にも頼らずに楽しめる。

ふと舞台設定の江戸時代末期と、この脚本が書かれた明治23年頃に思いを馳せてみる。

鳶で町火消しの『め組』は正に江戸っ子の権化のような存在で、粋でいなせな彼らは江戸っ子なら誰でも知ってる人気者。一方の相撲取りも野球やサッカーが無かった時代にとっては人気の存在であったことに間違いない。そんなふたつの対立である。創られた当時の観客には『忠臣蔵』のような勧善懲悪という観られ方はしなかったのではないか。芝居はめ組側から書かれているので、作り手の思い入れはめ組側にあるのだろう。しかし相手は完全な悪ではないし、敵役としては役不足であろう。

などと考えている内に思いついたことがある。当たり前のことなのだが、これが映画ではなく芝居だということ。あくまで観客の対象はこの芝居を上演する(初演)東京桐座に来る近隣の人々。となると超地域限定で創られたことになるので東京ローカルな内容なのである。

では、なぜめ組側から描いたのか。相撲取りの存在はというと、きっと昔から体格の良い男が日本全国から集まって(集められて?)いたとすれば、江戸っ子対よそ者の構図が成り立つ。粋を背負っため組が野暮なよそ者がでかい顔していることに対抗するというところに観客は勧善懲悪的なものを見出し、支持される芝居として成立したのではないだろうか。

だから、現在のような純粋な江戸っ子という人が少なくなった時代においては、真にこの芝居が理解できず、威勢の良い何となく面白い芝居としか捉えられないのではないだろうか。なのでめ組の行動が大袈裟に思えてしまうのだが、実は粋を守るための戦いであったことが理解できなかったのではないだろうか。

とまぁ、こんなことを考えている内に、芝居を観てから既に2週間が過ぎてしまった。上記したことはあくまで頭の中で考えたことであり、どこまで正しいのか分らない。そんなことは考えず気楽に観ても、威勢が良いことこの上ない芝居なので、ストレス解消にはピッタリである(あと数日しか上演してないけど)。


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